進学の勧め

コンピュータサイエンス専攻教授 登尾啓史

■情報工学系大学院への進学の勧め

 

この30年、情報工学系で習得すべき知識や技術は質と量とも著しく増加した。一方、会社は競争にさらされ、ゆっくり人材を育てる余裕は無くなった。即戦力の人材を要求する。スマホに代表される小型・専用ITシステム(小型チップ、専用OS)の技術、さらにはネットゲームに代表される情報ネットワークやメディア(CG,VR,アニメーションなど)のソフトウエアやハードウエアの開発は、今やボーダレス(コストパフォーマンスが最高の国や地域で生産される)なので、会社も全くうかうかしていられない。

 正直に言うと、要求される知識や技術、およびそれに付随した経験(実際に、会社で製作するようなITシステムを作ることで、技術・知識を実体験)の習得は、学部4年間では不可能だと思う。片や会社にも、それを入社3年間程度、給料を支払いながらやさしく教える余裕はない。すなわち、図1のような構造が、今の情報工学系には存在する。

図1 学生に要求する技術や知識が大学から会社への移行期に追い付いていない様子。

ちなみに、1982卒(筆者の成績表、図2)で当時の科目を眺めると、オペレーティングシステム、計算機アーキテクチャ、回路設計、情報理論や離散数学などの科目は存在する一方、組込みシステム、情報ネットワーク、情報メディア、人工知能やビッグデータなどの科目は存在しない。これらの科目がこの30年間に新設され、主としてSoC(System-on-a-chip)やIoT(Internet of Things)、ひいてはスマホで何でもできる情報化社会を作り上げたのである。 さらに、これらの上流に「ゲーム」や「アニメ」のような情報文理融合系の分野が広がっているのである。大阪電気通信大学では他大学と異なり、それらを分離してカリキュラムを整理しているので、他大学に比べて消化不良を起こす可能性は低い。それでも前述のありさまである。工学部の基幹学科である“機械系”、“電気電子系”、“化学系”、“土木建築系”に比べたとき、情報系の学生はより消化不良を起こしやすいのである。この30年の進歩が革新的だったことによる当然の帰着である。その上、最近、ソフトウエア(機械学習・データマイニング、自動決済、宅配流通効率化など)やハードウエア(電気自動車、自動ナビゲーション、人型ロボットなど)の知能化が際限なく進み、それに要する計算パワー(GPGPU、並列計算、バイオコンピューティングなど)もとてつもなく増大していく。このような時代に対応するには、学部4年制でなく学部+大学院6年制であるべきである。これが「情報工学系学生に大学院に進学を勧める」理由である。

図2 1982年当時の情報工学科標準カリキュラム。

最後に今、世の中では、正規雇用と非正規雇用を軸とした“賃金格差”の問題が取りざたされているが、国際的に通用する製品づくりに貢献できない人材が非正規雇用に追いやられることは、今後もっと進展すると予想される。これもあってか現在でも、大学院修了生と学部卒生の生涯賃金格差は約6000万円にも上る(図3)

図3 大学院を卒業すると生涯賃金が約6000万円増加する様子。

 この差を生むのは2年間の修士授業料100万・生活費100万の約400万円である。このことから、私には修士課程へ進学しないことは、登山に例えると「せっかく9合目まで頑張ったのに山頂を見ないで下山する」ように見えてしまうのである(図4)。高校3年、大学4年に大学院2年の計9年を見たとき、最後の2年間(9合目から山頂)が非常に小さく見えるのである。 最後にもう一度、私が情報工学系大学院への進学の勧める理由をまとめる。
 ・情報工学系における習得技術・知識が質量ともに増加した
 ・会社の国際化・合理化:新卒に即戦力を要求
 ・社会の効率化:正規雇用と非正規雇用間の収入格差

図4 せっかく9合目まで頑張ったのに山頂を見ないで下山する様子。